四面楚歌・満洲国には終戦記念日はなかった。
錦洲での生活も地獄!
最南端の錦洲に多くの日本人は必死で逃げた¨ しかし・・
露助(ソ連軍)は惨殺、強奪、強姦を繰り広げ、遂に
錦洲市まで南下してきた。 私達はもう逃げ場がありません。
いつ家にやってくるのか分かりません。
一番の心配は年頃の姉でした。強姦、惨殺されないように、
男装しました。頭は坊主刈り、顔には炭や泥を塗り、
服装は、父のスーツを改造して露助が家に押しかけてくる
のを待つしかありません。
背水の陣・錦洲の日本人街・・・
更に、武道家の父は日本刀を30本位持っていたので、
強奪されるので、「敵に取られるよりは土に埋めよう”」と
急いで埋めたのです。 そして・・
”遂に我が家に露助(ソ連軍)がやってきました!
銃を片手に、両手首には時計やブレスレットを幾つもつけ
”ジャラジャラ” と音が出るほどに強奪品を自慢げに見せ
我が家からも時計や宝石など金目のものは強奪されたのです。
ただ¨ 幸いだったのは 姉達に危害がなかったので、
母は ホッ と 一安心しました。 しかし¨ ・・
その後、共産軍、八路軍、国民党と 同じように略奪が続き
家の中は空っぽとなったのです。
正に四面楚歌、八方塞りの錦洲となったのです。 続く・・
在る時は、八路軍将校など5~6人が我が家に泊まり込んだ。
そして4~5日も居ついたのである。きっと国民党との勢力争い
だと思う。 父は日本人が住む地域のまとめ役として守っていたので
敵は色々と調査に来ていたのです。
ソ連軍は「男狩り」 「女狩り」と云って無抵抗の日本人に乱暴!
男狩りでは、隠れている日本兵士を探しシベリア収容所へ送り
込むのが目的、逆らえば銃殺” 或る日近所に隠れていた日本兵
がソ連兵に捕まり、近所では悪い噂が広がったのだ”
{佐藤さんの家には何時も敵軍が来ているのできっと密告したのよ!」
と・・正義感が強く人の面倒見の良い父の怒りは想像を絶するものだった。
またまた近所で日本兵が連行されたので、父は噂の汚名を消すために
突如”家を飛び出しソ連兵の元に交渉に行き釈放を求めたのだ”
母と姉達は止めた{行かないでお父さん!}と・・
しかし、短気で正義感の強い父は武器もなく家を飛び出し助けに走った。
武道に長けた勇敢な父は ?? 続く・・
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